Neil R. Stoddart博士からのご挨拶

カンボジア・ファーティリティクリニックに、体外受精ラボの室長として就任できること、また、妻や娘と共にアメリカからプノンペンに引っ越してゆくことに、とてもわくわくしており、光栄な気持ちで一杯です。体外受精のプログラムの最初期から計画に携わり、カンボジア王国内外のご夫婦の抱える不妊症状に対して、最先端の治療法を作り出していくのだという心持ちで、期待に胸が膨らんでいます。

室長としての私の目標は、イギリスとアメリカで現在行われている不妊治療の治療法を集め、卓越したラボを築いてゆくことです。そのためには、胎生学と男性病学のラボの運営について、どんなに細かい部分についても継続的に気を配らなければいけません。研究部門の初めの計画から、日々の運営の質の維持まで。ラボで日々、胎生学と男性病学に基づいた運営が行われているか、気を付けなければならないのです。

それぞれのご夫婦が、安全で倫理的かつプライベートな形で治療を受けるべきだと、私は強く信じています。そういった形でこそ、健康な赤ちゃんを授かることが出来ると思っております。この治療の信念は、ご夫婦の不妊症状に対し、正確な診断をするところから始まります。次に、それぞれの症状に応じて、妊娠の確率が最も大きくなるような最高の治療を選択することです。

私は常に、不妊治療に関わることは、大きな責任であると同時に大きな名誉であると感じています。不妊治療に携わり、ご夫婦が長い間望まれていた、自分たち自身の健康な赤ちゃんを授かることが出来た時、その喜びは代え難いものです。

カンボジア・ファーティリティクリニックを、国内初かつ唯一の体外受精プログラム拠点としてだけでなく、イギリスやアメリカなどの世界中のどこにも劣らない、安全で倫理的な、有効な最先端の不妊治療を行う世界基準の拠点にしたいというのが、私の願いです。


Neil R. Stoddart博士の生い立ち
HCLD(高度生殖医療培養室長資格)、ELD(発生学研究室長資格)を保有。

1967年、イギリスのノッティンガム生まれ。ワーウィック大学にて微生物学・微生物工学の学士を優秀な成績で取得し、卒業。その後、サウザンプトン大学にて1994年に哺乳類の発生生物学を専攻し博士号を取得するとすぐに、臨床ラボ専門技術者として働き始めました。
4年半の間NURTURE(ノッティンガム大学の生殖研究・治療グループ)に勤めました。NURTUREはイギリスにおいて最も権威のある体外受精プログラムの一つで、卵細胞質内精子注入技術を用いた男性不妊の治療に特化した研究拠点です。

NURTUREにおいて臨床胎生学・男性病学者として研修を受け、のちに上席研究員になりました。そこでの任期中、実地で様々な臨床胎生学・男性病学のケースに取り組みました。当時NURTUREは年間1200件もの生殖補助医療を行っていました。この期間中、NURTUREは英国ヒト受精・発生学委員会(HEFA)公認の生殖補助医療機関の中で、最大の出生率を達成しています。

1998年に、Stoddart博士はアメリカ、ペンシルバニア州アビントンにある、アビントン記念病院の生殖医療科学中央研究所に招聘され、体外受精研究室長に着任しました。そこで2000年まで働くと、暖かい気候を欲してフロリダ州タンパのユニバーシティコミュニティ病院の生殖医療グループからの誘いに応じました。そこでも体外受精研究室長として、2000年から2005年まで働きました。この間、Stoddart博士は、体外受精プログラムの科学的な手順を様々な方法で改善・洗練しました。具体的には男性不妊の治療法の改善、長期胚培養や胚盤胞移送の劇的な普及などです。その結果、体外受精研究室では全体の妊娠率が増加し、特に卵細胞質内精子注入技術を受けたケースでは顕著な増加がみられました。

2006年、テキサス州のヒューストン不妊治療クリニックに体外受精研究室長として赴任しました。ここでの任期中、卵母細胞と胎芽・胚盤胞のガラス状化技術の研究に携わりました。

Stoddart博士はアメリカ生体分析学者評議会により、高度複合臨床研究室長(HCLD)の認可を受けており、アメリカ病理学大学(CAP)の体外受精研究室の検査官を務めました。アメリカに移ってからも、胎生学・男性病学両方の基礎・応用研究を続け、論文や研究成果の発表を何度も定期的に国内外の学会で行いました。現在はイギリス臨床胎生学協会の一員です。以前に所属した学会としては、アメリカ生殖医療学会(ASRM)、欧州ヒト生殖胎生学会(ESHRE)などがあります。

Stoddart博士にはJoanという名前の妻と、英国ハロゲートで産まれたMirandaという5歳になったばかりの娘がいます。